”数えわたるたむけ 抜け殻の累 また陽刻みゆくとき 明日へ逆らうの如く母は子を抱きにけり” セルマはいつでも無表情で「そういうこと」を謂うのだ。不穏よりも水っぽい、抑揚に欠けた表情で、明け方、私もまた金木犀を初めて知った月のことを考えている。眠れないのではなく、ただ在る地上が再び瞳開くその時を息を殺して待っているだけである。誰もがまた、それを知っている。わたくし独りがこの目を伏せた瞬間に、世が目覚めるということを。何故ならばわたくし達など悉皆非力な牧童でありまた無能な羊でもあり、角笛を吹くのに疲れて誰かが眠りこけている間に一つの世界が完結してしまった、から。死蝋セルマはぼうやりグロリアなどを口ずさみながら、こむこむと古いラムを傾ぶけていた。 永く調律のしていないアップライトピヤノはお払い箱も同然だったが、一度失われた絹目の耳朶を這わせるにあたり、往年の、紅頬した音色をそれがたやすく取り戻すことを、場に居る誰もが了解していたのだった。セルマはもとよりソプラノというには久しく遠い、夭逝の掠れた声で、その涙、とだけ言った。時は天恵の声にひざまづくことをアプリオリにくみ取っていたがための、彼の堕落であった |